■ 第10回BunDoku哲学カフェ開催報告

 

テーマ:「大人ってなんだ?」
日 時:2015年4月18日(土)19:00~21:30
会 場:カモシカ書店さん(大分市中央町)
参加者:20名

 

BunDoku哲学カフェ、ファシリテーターのシミズです。第10回目のBunDoku哲学カフェを開催しました。初参加者あわせて20名の参加者の方々にお集まりいただき、たいへんありがとうございました。

今回の対話のテーマは「大人ってなんだ?」。
四月は新年度の節目の月でもあるため、新卒者が入社されたり、子供の学年がひとつ上がったりもして、年齢を重ねることが強く意識される月でもあります。まず最初にどういう人が大人なのかを問うことにしました。「いろんな人の気持ちが分かるようになる」「寄り添える」「相手のことを考えられる」「寛容である」「税金を払うこと」といった絶対的な基準から語っていく場合と、「子供から見れば上の人はみんな大人」「目線、立場、役割によって変わる」「いつまでも追いつかないもの」「大人という存在があるのではなく、大人という態度がある」といった相対的に大人を語る場合の二つに分かれたように思います。
そこでこの「大人」というものを肯定するのか否定するのか。会社で髪を金髪に染めた後輩社員を例に、自分の立場をわきまえていない子供とする考えと、必ずしも社会の期待に添えない自身の多様性をある覚悟をもって態度決定したのであるならばその人は大人なのではないのかとする考え(己の多様性をどこまで受け入れられるか)に割れました。大人になることは干からびていくこと、大人は子供の上位概念ではない、子供の感動しやすい鋭敏な感性を残したまま年齢を重ねる「コドナ」という言葉も出ました。

 

一つの話題に対して様々な角度から思考、対話を積み重ねることができたことに今回は大きな手応えを感じました。個人的には「己の多様性」という言葉に考えるものがありました。成熟の過程とは、社会が磨き砂となって自身に変容を迫ってくるものだとも言えますが、(たとえ不幸の方向性を辿ろうとも)そこでどういう態度決定をするのかは当然個々人に任されており、そこの覚悟の強弱によって、その人間の精神性、魂の形のようなものが形成されるのだろうと対話を聴きながらふと感じました。

 

BunDoku哲学カフェは今後も月1回のペースで開催いたします。話すテーマや会場選び、進行方法など趣向を凝らして実りある対話に繋げていきたいと考えています。どうぞ今後ともよろしくお願いします。